●29陳情第1号「受動喫煙防止条例の早期制定に関する陳情」の委員会の結論である継続審査の反対討論
豊島刷新の会 ふるぼう知生でございます。
私はただ今議題とされております、29陳情第1号、すなわち「受動喫煙防止条例の早期制定に関する陳情」の委員会の結論である継続審査に反対し、不採択にすべきとの立場から討論いたします。
まず、最初に申し上げておきたいのは、私は生まれてから今日に至るまでタバコを吸ったことはなく、他人の喫煙が原因となって自分に及ぶ受動喫煙は防止しなければならないと考えておりますし、そのための条例の制定についてもなんら異議はないというスタンスであることを明確にしておきたいと思います。
今定例会で区民厚生委員会に付託された29陳情第1号の審査に臨みましたが、陳情文を読めば読むほど、その趣旨として屋内前面禁煙以外は認められないということがはっきりと謳われております。
私はこの受動喫煙防止対策として、屋内全面禁煙と限定することに違和感を覚えて仕方がありません。
ご承知の通り、国会ではこの屋内全面禁煙を柱とした健康増進法の改正案について議論がされているところであります。東京オリンピック・パラリンピックに向けた受動喫煙防止対策を巡っては、政府は健康増進法改正による規制強化を目指しており、厚生労働省は、官公庁や運動施設などの屋内禁煙を義務付け、違反した場合は施設管理者と喫煙者に罰則を科す、などする対策案をまとめていますが、政権与党である自民党の中でも屋内全面禁煙に関しては激しい議論が行われており、未だに結論が出ておりません。
世界保健機関(WHO)と国際オリンピック委員会(IOC)は「たばこのないオリンピック 」を共同で推進することとしており、近年の競技大会開催地では公共の施設や職場について、 罰則を伴う受動喫煙防止対策を行っているというのが屋内全面禁煙を推進する方々の根拠となっています。
また、昨年の5月に発表された厚生労働省の研究班からの報告によると、受動喫煙が原因で死亡する人は、国内で年間約1万5000人に上るということも屋内全面禁煙を推進する方々の大きな根拠となっているようです。
以上の二点について、私はたばこの無いオリンピックという理想を追求することは大変素晴らしいことだと思いますし、健康増進の為の受動喫煙の防止を考えることは当然の事と考えます。しかし、議論があまりにもたばこを吸う人と吸わない人とでバランスを欠いたものになってしまっているということに疑問を感じざるを得ません。むしろ、はっきり言えば、弱い者いじめではないかとさえ感じるのです。
一般論として、タバコを吸うことにより本人も周りの人も健康被害を被るという事は国民の中でコンセンサスを得ていることだと思います。タバコを吸うよりは吸わないほうがよいということは誰しも考えていることでしょう。タバコを吸う方もそれを理解してはいても、それでも辞められないということなのだと思います。しかし、タバコは麻薬でも何でもなく、合法的なものであります。そのタバコについて、法律では吸うことを認めておいて、しかもタバコ税を高い割合で取っておきながら、それで吸う場所を限定し屋外と定め、夏の暑い時期に、飲食店に行こうとした時に、タバコを吸わない人が室内で涼しく快適に食事を楽しめるのに、タバコを吸う人は灼熱の太陽の下で、汗をふきながらタバコを吸わなければならないということになりますし、逆に冬の寒い時期であれば、タバコを吸わない人は室内で温かく快適に食事を楽しめるのに、タバコを吸う人は冷たい風や北国であるならば雪にぶるぶると体を震わせながらタバコを吸わなければなりません。健康増進法の趣旨と真逆なのではないか、笑い話なのかと感じてしまいます。
確かに年を追うごとに喫煙者の割合は減少しております。成人の2割程度しかタバコを吸う人がいない今日、タバコを吸わない人の健康を守ろうとする法整備の必要性が叫ばれることは理解しますが、だからといって受動喫煙防止のための方法が屋内全面禁煙しかないのでしょうか。
2009年3月に公布された「神奈川県公共的施設における受動喫煙防止条例」が良い先例であると私は思いますが、当時の松沢県知事も屋内全面禁煙を掲げて条例制定に着手しました。しかしながら県民の要望や議会との激しい議論を経て結局のところ、病院、学校、劇場、官公庁などの「第1種施設」は原則禁煙とし(但し、喫煙所の設置は可能)、飲食店、ホテル・旅館、カラオケボックスなど「第2種施設」は禁煙又は分煙を選択する。この条例による規制は努力義務とするという内容に落ち着いたといういきさつがあります。
この先例から見ても分かるとおり、様々な考え方を持つ人たちの議論による合意形成として分煙に落ち着いたということだと私は理解をしております。そもそも屋内全面禁煙にして、喫煙もままならない状況を作るくらいなら、国の法律でタバコを作ることも売ることもやめさせればよいのです。国家としてタバコをある意味文化として認め、製造も販売もし、ましてやその売り上げから多額の税収を得ている以上、法≠凌駕する条例などありえませんので、結論として分煙にならざるを得ないのだと考えます。
今日、東京オリンピック・パラリンピック招致を契機として、多くの外国人が日本を訪れるようになっております。その方々のためにも屋内全面禁煙をするのがおもてなしだという人もいますが、飲食業の店舗においてオーナーの判断で、この店は全面禁煙、この店は分煙、この店は喫煙可能ということを意味するシールを店頭に貼り、外国人のみならず、日本人のお客さんにもはっきりと分かるように表示をすれば、お店に入る人たちが、自分のタバコに対する考えに合ったお店を選ぶことが出来ますし、受動喫煙防止はその時点でほぼほぼ達成できると考えます。そして分煙についても現在において完全な分煙のための環境が整備されていない店舗があり、それが問題であるとするならば、施設改修費用をタバコ税から得た税収から補助をするということを考える必要性があるのではないでしょうか。制度だけを作り、あとは経営者である自分たちで努力しろという姿勢は政府・行政としてはいかがなものかとも思います。
人間には幸福を追求する権利があります。これは日本国憲法の第13条にも「すべて国民は、個人として尊重される。生命・自由・幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他国政の上で、最大の尊重を必要とする。」と明記されています。今まさにその幸福追求権と公共の福祉という相対立することのバランスをどうとるかという問題なのだと私は思います。
タバコを吸う人も、吸わない人も同じ人間として平等に権利は守られなければならず、そこから議論が始まらなければなりません。公共の福祉に反すると言って、タバコを吸う人がもっている幸福追求権を奪い取ろうとする姿勢はいかがなものかと思います。そして、タバコを吸う人も個人の幸福を追求する権利を満たしながらも、公共の福祉に反しないようにする方法を模索しなければなりません。お互いがお互いのことを考えちょうどよい解決点を見い出す努力をしなければならないと思うのです。
この点を考慮すれば、分煙を徹底するという方向性にならざるをえず、国も東京都もそれ以外の地方自治体も制度を作るのみならず、非喫煙者のみならず、喫煙者に対しても配慮する、具体的には分煙のための設備改修に対する補助事業を行うということも今後考えてもらいたいと思います。
民主主義は白黒をはっきりつけるという制度ではありません。出来る限り少数意見に耳を傾け、出来る限りの最大公約数を得ようとする制度であるはずです。最後は多数決ということもありますが、議論の過程では、出来る限りの意見を汲み取っていく作業が必要であると考えます。法律で合法的に認められたタバコを吸う人がこの社会にいる以上、吸わない人とも共存できるような社会を目指すべことが健全な民主主義社会であると私は考えます。
以上のような観点から、受動喫煙防止のためには屋内全面禁煙とするしかないという趣旨を持つ、29陳情第1号、すなわち「受動喫煙防止条例の早期制定に関する陳情」の継続審査に反対し、不採択にすべきであるとの意見を申し上げまして、私の反対討論を終了いたします。ご静聴誠にありがとうございました。
平成29年3月27日