●2008年2月20日一般質問全文 (ワードデータで読みたい方はこちらより右クリックでダウンロードしてください。

「教育豊島」の復活を目指して

刷新の会、古坊知生でございます。今回は『教育豊島」の復活を目指して」』と題しまして、1.教育行政について2.選挙時の公費負担について、という内容で一般質問をさせていただきます。
私は昨年の統一地方選挙に際しまして「議会改革」と「教育改革」、そして「税金の無駄遣いをなくする」ということを三本の柱として訴えました。先般の一般質問で議会改革についての私の思い、並びに決意を述べさせていただきましたので、今回は教育改革というテーマを中心として質問させていただきます。ぜひ前向きなご答弁をお願いいたします。
さて教育改革と言いますと、最近では安倍前首相が「教育再生会議」という諮問機関を設置し、各界から人材を集め議論を戦わせ、一定の方向性を出し、教育三法の改正にまで踏み込んでいったことは記憶に新しいところであります。わが豊島区におきましてもいつの頃から「教育豊島」と言われてまいりましたが、最近においては教育に関して先進的な区と言えるかと聞けば残念ながらノーと言わざるを得ない状況であります。教育という分野はなかなかすぐには成果が伴わないのも事実であります。しかしよく考えてみますと教育とは正しく将来の地域を、あるいは国を背負って立つ人材を輩出するということですから、未来への投資ということであります。そうであるならば私は教育という分野にもっと予算を重点的に配分しなければならないと思うのです。先日、大阪府知事選挙で橋本徹さんが圧倒的な得票率で当選されましたが、橋本知事が訴えていたことのメインテーマは「子供たちが笑う」府政というものでした。もちろん圧倒的な知名度という理由もあったにせよ、その主張がある程度認められたということは否定できない事実だと思います。私は三人の子供を抱える父としてだけでなく、子育て世代の代表として、高き理想を追求しながらも現実の問題を解決するためにも本日発言をさせていただきたいと思っております。
まず、「豊島区の教育2007」によりますと、確かな学力の育成というものを目指していますが、近年日本の子供達の学力が下がってきているとの報告があります。昨日も話題に出ましたがOECDの国際学習到達度調査によるとその昔、世界の先進国の中で常にトップクラスであった学力が最近ではトップ10にさえ入らない学科もあるというお粗末な状況です。もちろんこの調査に一喜一憂する必要はないとは思いますが、学力の低下ということは最近のいろいろな現象を見ても事実だと思います。その調査で常にトップクラスの評価を受けているのが、北欧のフィンランドであり、アジアの韓国です。ちなみに両国とも日本が昔行っていた詰め込み教育とは無縁であり、日本と比べても授業時間は圧倒的に少ないことに驚かされます。日本では教育再生会議の提言により、「ゆとり教育の見直し」が進み、今後授業数や授業時間を増加すると文科省は先日方針を打ち出しましたが、混乱するのは教育の現場に携わっている校長先生や教職員の方々です。確かに多くの皆さんがそうであるように、私も今の教育には多くの疑問を感じます。まず学校の教科書があまりにも簡単なものになりすぎているのではないでしょうか。そのため基本中の基本しか教えることが出来ず、応用力というところまで学校では扱えていないのが今の教育の現状です。我先にと塾に通わせる親御さんの気持ちも分からないではありませんが、それでは塾に行ける子どもと行けない子供との間で教育における格差が生じることになります。即ち家庭の経済的格差により学力にも格差が生じているという現実を生み出しています。昔は塾に行かずとも自分の行きたい大学には努力しさえすれば行けたという時代がありました。公立学校の再生即ち、塾に行かずとも自分が志望する高校や大学に合格できるというカリキュラムを作ることが教育の機会均等をうたっている憲法の理念にも合致することだと信じます。そういう意味で魅力ある公立学校に再生するために、豊島区独自の他区にはない教育に対する熱いメッセージを発信することが必要だと感じますが、まず豊島区として制約されたカリキュラムの中でどのように学力向上に向けた取り組みをしているのか、そして「脱ゆとり教育」、そして授業時間の増加という方針が出される中に教育現場に混乱を起こさないため、どのように対策を行おうとしているのかを教えてください。
次に「豊かな人間性の育成」についてお伺いします。最近では外国人児童も多く見受けるようになって参りました。言葉の問題で溶け込みにくい児童をサポートするために日本語学級を設置したり、日本語指導の担当者を配置したりいろいろとしていただいているようであります。また特別支援教育についてもさまざまなニーズにこたえようと努力をしておられるのもよく分かりますが、たとえば年度の途中で急に引越しをしてきたりして外国人児童や特別支援教育の児童の担当者が不足することにより、全体として現場の担当者の負担が重くなり細かなところまで目配りができなくなったということも昨年はたびたび耳にしました。予定外のことであるといってもやはり現場の声を十分に聞いて、全体として皆に目が届くような体制を築いていただきたいと思いますがいかがでしょうか。外国人児童や障害を抱えている子供達とクラスを同じくするということは、他の子供達にとっても人に対する思いやり、優しさ、そして異文化との触れ合いということを学んでいけるわけですから、豊かな人間形成の育成にたいへん貢献していると思います。ぜひともそういう観点からのご配慮をお願いしたいと思います。
そして何よりも重要なのは道徳心の向上でありましょう。一部ではありますが、最近の子どもたちの目に余る行為については誰しも異議のないところだと思います。荒れる成人式という言葉がすっかり定着してしまった昨今ですが、わが豊島区は幸いにしてオーケストラによる音楽成人式を行っており、最近は平穏で荘厳な成人式にすることに成功しております。しかし全国津々浦々で様々な問題を起こしている状況が毎年のようにニュースに流れます。世界のどの国も素晴らしいと絶賛していた日本人の倫理観道徳観もここまで落ちてしまったかと嘆くばかりですが、道徳というレベルではなくまずは挨拶そして、人を思いやる心という人間として基本的なものが失われているのも事実です。そのことを踏まえた上で、道徳教育について豊島区としてもより一層重きをおくべきと考えますが、豊島区において道徳教育の位置づけとはどのようなものなのか確認をさせていただきたいと思います。またそれに関連して私は男女共同参画社会を否定するつもりはありませんが、その延長線上に「男らしさ」や「女らしさ」ということを否定するかのような教育が垣間見られるのも事実であります。もう既に普通になってしまっているようですが、男女の混合名簿からはじまって運動会の時に男女が一緒にかけっこをしたりすること、あるいは騎馬戦をしたりして体が触れ合うことにより、思春期の子供達にとって不快な思いをさせてしまうこともしばしばです。それから細かいことですが、最近は学校の先生が全ての子供達に男女を問わず「○○さん」と呼んでいることに私は大変違和感を覚えました。昔は男の子は「○○君」で、女の子は「○○さん」と呼んでいたと思うのですが。これらのことについて区の見解をお聞かせ下さい。また先日私は豊島区内のある小学校5年生の女の子から、体育の着替えの時にまだ男女が一緒になって着替えているという苦情を聞きました。私が小学校に通っていた時代は4年生の時から男女が別れて着替えをしていたと思いますが、5年生といえば既に性の意識が芽生える時期であり、体も微妙に変化が現れる時期であります。そういう意味ではぜひとも小学校4年生からしっかり男女が別れて着替えが出来るように配慮して欲しいと思います。私はその言葉を受けて、以前に個別に指摘もさせていただきましたが、現在改善されているでしょうか。現状と区の認識をお聞かせ下さい。また先日、今後の小中学校改築計画が示されましたが、そうであるならこの機会に更衣室となるスペースをしっかり確保して欲しいと思いますがぜひご検討いただきたいと思います。いずれにいたしましても、こういう一つ一つの現象をみていますと、度を越した考え方によって教育の現場が支配されていると言われても仕方のないことだと思います。東京都教育委員会の基本方針の中にも「東京都男女共同参画基本条例に基づき、男女が互いの違いを認めつつ、個人として尊重される男女両性の本質的平等の理念を児童・生徒に理解させ」とあります。豊島区の教育行政が東京都教育委員会の方針に基づいているとするならば、ぜひとも今申し上げたことを見直し、あるいは実践して欲しいと思いますが、教育委員会の見解ならびに決意をお聞かせ下さい。
次に大きな問題として教師力の向上があげられます。先ほど紹介したOECDの調査においてもフィンランドの教育の成功は教師力の充実に他ならないと分析されています。フィンランドでは教師がプロフェッショナルとしての自覚をもち、自主的に指導できるような人材に育てるために教員研修ということに重きをおき、その資質を高めているということです。また、日本においては京都市の教育改革も有名であり、そこではカリキュラム開発支援センターが開設されており、教師の研究活動や情報収集の拠点として位置づけられています。学習指導案を約一万点も揃えたり、ベテラン教師の授業風景のビデオ、そして教育の専門書などが多数収蔵されていて日曜日以外は多くの方々に利用されているということですが、本格的に教師の質の向上に努力しているよき例ではないでしょうか。私も日本における教育の現場の実態を学ぼうということで、2年かけて豊島区の公立小・中学校を全部訪問しようと計画して、実はまだ5校しか学校を訪問できておりませんが、各校長先生からいろいろお話をうかがいました。豊島区ではありませんが、新卒で採用されて一学期で教師をやめてしまった先生もいるくらい現在の教育現場は多大なストレスを抱く環境になっているようです。モンスターペアレンツという言葉に代表されるように、考えられない要求をしてくる親御さんが年々増えてきているようです。子供達のケアーだけでなく父兄のケアーもしなければならない状況の中で、人間関係に疲れ、自信を喪失し、事なかれ主義に陥る教員もいるようです。国民が教師という職業に尊敬心を持ち、先生の指示に迷うことなく従っていた昔の時代とはだいぶ様変わりしていることを改めて感じました。本来先生と呼ばれる職業ですから、教員もそれなりにプライドをもたなければなりませんし、プロフェッショナルとしての自覚を持たなければならないと思います。また父兄の立場から考えて見ますと今は少子化の時代ということもあり、子どもが一人だけというご家庭も多いことから、子どもに対してつい甘やかすことになることが多いようですが、私はやはり自分の子どもを預かってくれている先生をサポートするような体制を築いていくことが出来ればと思っています。学校と地域の連携という問題は永遠の課題だと思いますが、今求められているのは地域の意識啓蒙です。先ほど述べました京都市では公教育の充実のキーワードとして子供のために共に汗を流そうという「共汗関係」という造語を作ってまでして意識の啓蒙にあたっています。地域の父兄が自分の子どもが通っている学校の状況をよく知ることができ、また子育てということについて真剣に考える場、すなわち教育に関するタウンミーティングを開催したり、何らかの工夫をして意識を啓蒙し、父兄あるいは地域が学校と、まさしく共に汗を流す関係を築いていくべきと考えます。そういう機会を出来るだけ多く持っていくべきと考えますがいかがでしょうか。実施計画がありましたらお聞かせ下さい。地域との連携を深め、地元の小・中学校に通ってもらうことが通学の安心・安全につながりますし、子供達にとっても地域を、あるいは豊島区を愛するということにつながると思います。私の記憶によると小学校の頃、登下校時に近所のおじさんやおばさんに会ってよく「おはよう。」とか「お帰りなさい。」と声をかけてもらいました。だからこそ小さい頃お世話になった故郷が懐かしく感じられます。豊島区においても、せめてわが子が学校に通っていたならば、児童や生徒に対して声をかけてあげたり、学校の活動に少しでも協力してもらったりすることが大切です。国民全体が教育ということに高い意識をもっているフィンランドのような意識を啓蒙していくためにタウンミーティングや地域との懇談会など頻繁に開催することを重ねて希望します。
教師力の向上ということであれば、私は先日杉並区へ行政視察に行ってまいりました。あの有名な「杉並師範館」を見るためであり、杉並区の教育に対する並々ならぬ情熱というものを肌で感じるためであります。ご存知のとおり、杉並区ではその「師範館」において杉並区独自に教師を育て、教育の現場に送り込むシステムができております。教師の人件費を区で負担するわけですから、相当な予算が必要となります。杉並区の公立学校に最低2・3人は師範館の卒業生から派遣できるようになるぐらいをめどに継続していくと言っておられましたが、私が感心したのはその教師を指導する講師陣の充実ぶりです。区長の熱い想いに共鳴した財界、教育界から高名な方々を理事として迎えいろいろと指導してくださっているということでした。それをそっくり豊島区にも持ってこようというような話をしているのではありません。「教育は人なり」という言葉をテーマに掲げている杉並区のように、教師力を本当にレベルアップさせなければどんなに教科書の内容を変えたとしても、あるいはカリキュラムを変えたとしても根本的な解決にはつながらないと思います。豊島区も教師力の向上ということで更に真剣に取り組んで欲しいと思いますがいかがでしょうか。そして、学校を訪問する中で感じたのですが、現在の教育現場は先生がいろいろと雑用が多すぎて本来の仕事である、授業に集中しにくい環境にあるとの事でした。豊島区ではスクールカウンセラーというシステムがあるようですが、どのくらい効果があがっているのでしょうか。父兄対策、地域との係わり合いとあれもこれも出来る先生であれば問題はありませんが、全ての先生がそうでないという現実も考慮してなるべく、学校のいろいろな課題をそれぞれのスペシャリストに任せて解決してもらうというシステムの構築も考えてみてはどうでしょうか。例えば港区においてはクレームに対し学校が弁護士に相談できる制度がスタートしていますし、奈良市では親対応の専門職員を置いているようです。是非考えてみて欲しいと思いますがいかがでしょうか。
また昨年私は竹岡健康学園の運動会に行ってまいりました。児童会会長の直筆で「見に来てください。」と案内状に書かれてあり、行かなければならないという衝動に駆られたからです。行ってみて大変感銘を受けました。特に子供達全員での一輪車乗りの披露は圧巻でしたし、元気に笑顔でがんばっている子供達の姿に励ますつもりが逆に励まされたような想いでした。竹岡健康学園は大変歴史がありますし、また豊島区独自の学校として、ぜひとも大切に残して欲しいものです。予算の厳しい中だと思いますが、お金に変えられない価値があると思いますのでここでお願いをしておきます。
また先日テレビを見ていて感心したことがあります。それは沖縄県では小学校と幼稚園が同じ敷地内にあり、小学校の校長先生が幼稚園の園長先生も兼務しているということでした。子どもへのインタビューで校長先生のことを聞かれて「親のような存在」と答えていたことが印象的でした。豊島区の教育2007にも書いてありますが、幼稚園・小・中学校連携の推進ということについてここまで一気に目指せとは言いませんが、良きモデルケースではないでしょうか。実際どれくらい計画が具体的に進んでいるのか教えてください。昨年渋谷区で小中一貫校を試験的に新設することが決まりました。2012年の春の開校を目指しているそうです。幼稚園から小学校に上がる時、あるいは小学校から中学校にあがる時スムーズに問題なく学校生活が送れるようにこの問題もぜひとも積極的に進めていって欲しいと思いますが、いかがでしょうか。
いずれにしても特色ある豊島区の教育を目指して、他区からも豊島区の教育に対する情熱を噂に聞いてあちらこちらからファミリーで移動してくるような魅力ある豊島区の教育にしていかなければなりません。そのためには年ごとに教育の方針を示すのも結構ですが、思い切って杉並区のように「教育基本条例」なるものを検討してみてはどうでしょうか。私は今、子供達をどの自治体の学校に入れるかという問題で、23区で競争になる時代がやってきていると感じております。個人的にはそういう事を望んでいるのではなく、地域の子供達はその地域の学校へ通うというのが、教育の目標であり理想であると信じております。そうであるからこそ、豊島区の教育行政に魅力を感じてもらえるようにしなければならないと切実に思っているのです。学校の改築、新築というハード面においては計画がある程度示された今、ソフト面で、これが豊島区の教育の方針だといえるようなものを構築し、内外にアピールすることが重要と考えます。幸いわが豊島区におきましては、行く先々で旋風を巻き起こし、校長として数え切れないほどの実績を上げてこられた日高教育長がおられます。いろいろと申し上げましたが、ぜひとも「教育豊島」という言葉が豊島区内で自己満足的に使われるのではなくして、他の区からどんどん言われるようになってもらいたいものです。教育長の決意のほどをお聞かせ下さい。
最後に選挙の時における公費負担の件について質問します。先般統一地方選挙時における公費負担についてわが豊島区においても新聞等々で報道がなされるような問題が生じてしまいました。この問題は豊島区だけでなく、他の区においてもあるいは、東京都議選においても同じことが指摘され大きな問題になっております。大変残念なことでありますが、私は起こってしまった以上、再発防止のためにどうすべきかということを今こそ真剣に議論していかなければならないと思います。そもそも公費負担という制度の目的、そしてその目的を果たすためにはどのような制度改革を行えばいいのか、区としてはどのように考えているのかをお答えください。私の個人的な考えですが、志ある者であるならば、誰でも立候補できるということを保証するためにも公費負担という概念は必要と考えます。お金持ちの人しか立候補できないということでは健全な民主主義とは思えないからです。しかし今回の問題はその上限額の設定そのものが問題だと思います。あり得ない状況を予想するのではなくして、現実的な観点から公費負担の上限額を下げるように再設定すべきと考えますが、いかがでしょうか。豊島区も問題が起こったらすぐに改革をしていると天下に示すことが、政治不信に対する信頼回復の唯一の方法だと考えますので、前向きなご答弁をお願いします。
 以上で私の一般質問を終わります。ご静聴誠にありがとうございました。